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ドン・キホーテ・デル・オリエンテ

いろんな意味でテストちう。

プラットホームのカナリア

物心ついてからこの方、ずうっとJRユーザーなのだけど、最近気になることがある。

ラッシュアワーや、週末の夜更け、酔払い共が千鳥足でふらふらしている時間帯に流れる、このアナウンス。

 

「まもなく電車が参ります危ないので、黄色い線の内側までお下がりください」

「お下がりくださーい」

「電車来てます!危ないので!お下がりください!」

「お下がりください」

「危ないですよー」

「お下がりくださあああいいいいいい」

 

……毎日毎日駅員さん方、本当にお疲れさまです。

言っても言ってもブロックの上や外側を歩き続ける人のなんと多いことか。よく切れないで警告できるなあ。私なら絶対に切れちゃう。すごーい、がまんづよいフレンズなんだねー!

 

ただ、一方で疑問もあるのだ。

それは、

「そのアナウンス、伝わっていないんじゃないのか?」

駅員さんの努力を否定するわけじゃないしむしろ尊敬しているくらいだけど、たぶん努力の方向性が少しズレているんじゃないか、と思っている。

ここで、「度重なる警告を無視する」原因をいくつか考えてみたい。

1. 敢えての無視。

2. 音楽を聴いていて聞こえていない。あるいはスマートフォンに夢中。

こいつらは然るべきところにしょっぴいても良いのでは、と思うのだが、問題は、次のパターン。

 

3. 日本語が分からない。

 

中国人や韓国人をはじめ、アジア系の人々は、見た目では「日本人ではない」「日本語が分からないであろう」ということが、我々日本人でも判断が付かない。むしろ遠目で判断して「なんで日本語が分からんのだ」とイライラしつつ首を傾げてしまうくらいだろう。日本語が分からなければ、せっかくの警告も伝わらないのは道理である。

 

観光立国を目指し、実際に訪日外国人が増えている昨今。3年後に東京オリンピックを控えた首都圏ですら、駅員によるアナウンスは日本語だけだ。「おもてなし」をするつもりがあるのならば、せめて英語、できれば中国語・韓国語のアナウンスが欲しい。別に駅員さんが話せる必要はない、放送するだけで良いのだ。

 

プラットホームのカナリアが不機嫌にさえずるのを聞いて、ふと気になったことでした。

平成草子―手習―「千年前の清少納言へ」

雑記

春はあけぼの

天の下 ビルの上 すでにみつる光ありて 紫だちたる雲の細くたなびきたる

夏は夜

月のころはさらなり 闇はなし 尾灯(テールランプ)の多く飛びちがひたる

また、おちこちの建物の耿耿とうち光りて止まぬはあはれなり

豪雨(スコール)など降るはわろし

秋は夕暮れ

夕日のさしてビルの端いと近うなりたるに、スーツの寝どころへ行くとて三つ四つ、二つ三つ、一つ一つ一つなど電車に飛び乗るさへあはれなり

まいて をこのもの仮装したるの連ねたるが、ののしるさまを見ゆるはいとをかし ふざけろかし

日入り果てて、風の音、電子の音はた言ふべきにあらず

冬はつとめて

雪の降りたるはめづらかなり 吐く息のいと白きは さらでも いと寒きに暖房など急ぎおこして 懐炉持ているもいとつきづきし

昼になりて ぬるくなれば ねむくなりがちになりて わろし

 

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無理ムリむり!

先日、会社から大変不誠実な対応をされて怒り心頭です。

一つ前の記事で「3年後に退職するために。」といろいろ考えたことを綴りましたが、そんなに耐えられる気がしません。が、とにかくお金が必要なので辞めるに辞められず……。

今はとにかく怒りで働いているようなものです。矛盾しているようですが。

 

閑話休題

アニメ「ユーリ!!! on ICE」が遂に終わってしまいましたね。

バルセロナは1カ月ほど滞在していたことがあったので懐かしかったです。

あーまた行きたい!

改めて、フィギュアスケートとは競技と芸術が一体となったものなのだなあと思いました。

題材、作画、音楽、そしてなによりストーリーが素晴らしい。

今はこれ以上の言葉が出てこない。

ありがとう、スパシーバ。

3年後に退職するために。

雑記

正式に入社してからまだ3カ月、仮入社からやっと9カ月。

一つ仕事を覚えたと思ったら、次の新しい仕事が降ってくる。その繰り返しの中で、少しずつ出来ることが増えてきて嬉しく思うと同時に、多少の焦りも出てくる。

 

3年後に退職するだけのスキルを、身につけられているのだろうか?

そもそも、あと3年も保つのだろうか?

 

いろいろあった私を拾ってくれた今の会社には感謝している。

上司にも先輩にも恵まれていると本心から思っている(組織としては黒寄り灰の泥舟だと思っているが)。

それでも、早晩この会社を辞めるつもりだ。

 

元々、海外で働いてみたい、と思っていた。

しかし、非英語圏に1年弱留学しただけの私には、仕事で使えるだけの語学力は無い。

結局、外国語能力の関係ない仕事を探した。

そして、自分が最も縁遠いと思っていた教育業界でなんとか職を得たのが昨年のこと。

今は国語講師として働いている。

それなりに充実した日々の中で、ふと見つけたのが「日本語教師」という仕事。

 

これだ、と手を打った。

 

日本語教育能力検定試験言うに及ばず、教育職員免許すらも取得していないけど。

薄給で不安定そうだけど。

 

やってみたい。

 

私は、3年というリミットを自ら設けた。

その間に、講師の仕事を覚えつつ英語の勉強を再開する。お金を貯める。

日本について勉強する。いろんな人に出会う。

 

そして、その日が来たら。

不安定な世界に出て行こうと、そう計画している。

 

 

……とりあえず勉強資金を貯めよう。

たぶん4年ぶりくらいに美容室に行って思ったこと。

 

 きっかけは、2週間前のある日のことだ。

視界の隅に白黒の円環が現れた。仕事に無理矢理一区切りつけようとしていたときだ。

「なんだろう、これ」

ぼやぼやしている間にも、モノクローム・サークルはくるくると回り続け、その勢力を拡大していった。おまけに、気が付けば頭が締め付けられるように痛い。

しかし、仕事柄早退は出来ない。私はそのまま仕事を続け、先輩に断って入社以来最速の定時きっかりでタイムカードを切った。

 

 「疲労と緊張が溜まっているのでは」という、ごく当たり前の結論はさておき、職場の人と話していて、確かに眼精疲労は関係ありそうだなあ、と思い当たった。そこで、頭皮マッサージを思いついたのだ。

 そして同時に思い起こす。

そういえば、美容院というものに最後に行ったのはいつだったっけ?

 

 元来、私は自分の見た目に気を遣わない性質だ。

 そりゃあもちろん、醜女よりは美人の方が良いに決まっているし、纏うなら襤褸より小奇麗なおべべを選ぶ。

 ただ、ずうっと自分の趣味――読書やアニメや美術館巡りや旅行、あとはランニング――を優先させてきた結果、「見た目に気を遣う」ことの優先順位は私の中で最底辺に位置付けられた。

 でも、さすがにまずいんじゃないか、と20代も半ばに至って漸く重い腰を上げ始めた矢先にこの白黒円環。

 ちょうど良い機会だ、これを逃したら次はない、と、何故か炭酸泉のパーマの予約までしたのだった。

 ここまでが2週間前の話。

 

 頭にカーラーをちょこんと載せている姿を鏡の中に見ながら、ぼんやりと思う。

 女がキレイになるには、カネと時間がかかるのね。

 1年に2回それも1000円カットに行くか行かないか、くらいには髪に関心のない私だ。

 ここでじっとしているより、美術館に行きたいなあ、鎌倉の紅葉は見頃だろうか、美味しいものを食べたい、と煩悩がぐるぐる、ぐるぐる。ああ、あの白黒円環はストレスではなく欲望が原因か。

 

 3時間強のサービスを終えて。頭皮マッサージで気分が心なしか軽くなったし、なんだかちょっとだけキレイになった気がする。スタッフの対応も、いつもの13倍は良かった気がして気分が良い。

 

 まあどうせ、パーマという魔法が解けたら全てが元の木阿弥なんだろうけど。

煤けた煉瓦は大正浪漫の夢を見たか

博物館・美術館

11.4.Fri. 「動き出す!絵画 ペール北山の夢――モネ・ゴッホピカソらと大正の若き洋画家たち――」@東京ステーションギャラリー

 

 日本の美術、特に絵画に於いて、明治から大正にかけては特異な時期だった。ヨーロッパで段階を踏んで生まれてきた様々な傾向・様式――印象派、ポスト印象派フォーヴィスムキュビスムなどなど――がほぼ同時期に、一気に流入したのだ。更に、当然のことながら、明治までの日本画家の伝統が完全に途絶えた訳でもない。結果として、日本の洋画は、独特で不思議な混淆を見ることになる。

 

 ――というような知識を欠落したまま行ってまいりました、東京ステーションギャラリー

 いやー、面白かった!本展覧会タイトルの「動き出す!絵画」要素が最後の最後で申し訳程度に出てきただけだったのが気にならないくらい!(尤も、日本最古級のアニメーション・フイルムを3本も見られたという点では確かに特筆すべきことでしたが)

 

 北山清太郎という希代のプロデューサーが駆け抜けた足跡を、雑誌(『現代の洋画』『現代の美術』など)や彼自身や同時代作家の作品などを通じて辿る、という本展。とにかく多彩で精力的な人だと、圧倒された。最初に書いた通り、日本美術に関する知識が全くないので、その本当の凄さが分からず残念である。中学生以来、何故か洋画に対して苦手意識があったのだけど、これを機に見直してみようと思う。多分、だけど知識不足からくる苦手意識だと思うので。

 今回、良いなあと思ったのは、椿貞雄「道」(光の加減が好き)、中村彝(つね)「カルピスの包み紙のある静物」(往時を偲ばせる)。……あとは、ああ、タイトルを控えるのを忘れた、確か、有島生馬「背筋の女」が見返り美人っぽくて素敵だった。

 

 アニメーションは、幸内純一「なまくら刀」、北山清太郎「浦島太郎」、山本早苗「兎と亀」。

 画面の構成は至ってシンプルで、背景として、街の様子なり竜宮城なり山なりがアッサリとした線で過不足なく描かれている。当然モノクロ、音声無し。登場人物の動きはユーモラスで、良く動く。特に、「兎と亀」の兎と亀の、相手を馬鹿にしたような小躍りは、本当に小憎たらしい。カラスの鳴き声「アホー」が文字で兎の口に入っていく演出は意外性があり、音声無しという制約があったからこそ考え付いたものなのかなあ、と感心した。いずれの作品も、作者の遊び心を感じられて楽しかった。

 

 展覧会に行く度に思うのは、美術・或は芸術とは、感性と知識の両方を持ち合わせている必要がある、ということ。

 感性無き知識は唯の情報に過ぎず、知識無き感性は作品や作者との対話が出来ない。

 極偏った範疇の、それも生半可な知識しか持たない私は、「なんだかよく分からないな」と思いつつ、でも美しいものが好きでついついいろんな美術館に足を運ぶ。――或は、もしかしたら、その「なんだか分からない」ものに惹かれているのかもしれない。

濡れ鼠と迷い犬

サブカルチャー アニメ 旅行 体験記

 千早振る神無月も末の或る日、横浜の観光名所を一気呵成に巡った。「文豪ストレイドッグス・スタンプラリー in YOKOHAMA」の為である。無論独りで、だ。物理的には。

 扨(さて)、――先に断っておかねばなるまい、此の文体は、何時もの私では無い。否、私には自分の・独自の・文体と云うものは無い。直近で読んだ文章から直ぐに影響を受けて仕舞う。そして、私の机の上には、「文豪ストレイドッグス」の最新巻。数冊の岩波文庫、緑帯。此れ以上は何も云うまい。

 三渓園神奈川近代文学館、人形の家、マリンタワー、赤レンガ倉庫、コスモワールド、と順調にカネを落としつつ、一日でコンプリート。駅や山下公園などで華やかな装いの紳士淑女を眺め、雨に降られてからは、コートの襟を立て、ストールを傘代わりに、洒落たカフェやバーの合間の薄暗い路地を濡れ鼠の迷い犬の如く歩いたのは最早善き思い出。

 これが横浜の観光スポットデビューかと思うと少々残念な気がしないでも無いが、此れもまた一興か。

 実際斯様な機会でも無いと、人形の家なぞ行かぬ。だが、行ってみれば大いに興味深い、日本全国全世界津々浦々の人形を目にするのは滅多に出来ぬこと。地元の観光地や博物館などとサブカルチャーとのコラボレーションは今後も是非続けて行って欲しい。思わぬ出会いがあり、新たな発見がある。

 

 ――この書き方、やっぱり難しい!朝霧カフカ先生すごいや!

 文体と言えば、神奈川近代文学館でちょうどやっていた「安岡章太郎展――〈私〉から〈歴史〉へ」で、新聞の切り抜きがあって、安岡氏が「最近の文学は堕落している文体が無いみんなちょっと気軽に書いてやしないかね」と激おこプンプン丸で苦言を呈されていた。最近、といっても軽く20年くらい前だったと思うが。とにかく、その新聞記事で私が一番ハッとしたのは、「文体が無い」という一点で、もう正に私に言っているのだと本気で思った。全く作品を知らないけど。幼少の頃より、作文、小論文など人並みに文章を書く機会はあったが、全ては借り物だった、気がする。無論、ほとんどの文章は、既存の言葉の組み合わせなのだが、行間から、言葉の間から、滲み出る固有の何かが、私の文章には、無い。何故だろう、とその理由も記事にあった。「自分の内面を深く深く掘り下げないから」更に付け足すなら、他人に――否、親しい人々に自分の内面を見せたくないから。このあたりの話は、また、いずれ。覚えていたら。

 

 途中、だいぶ脱線したが。当ブログではこんな感じで、雑多なことを書き付けていく所存です。宜しくお願い致します。