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ドン・キホーテ・デル・オリエンテ

いろんな意味でテストちう。

濡れ鼠と迷い犬

 千早振る神無月も末の或る日、横浜の観光名所を一気呵成に巡った。「文豪ストレイドッグス・スタンプラリー in YOKOHAMA」の為である。無論独りで、だ。物理的には。

 扨(さて)、――先に断っておかねばなるまい、此の文体は、何時もの私では無い。否、私には自分の・独自の・文体と云うものは無い。直近で読んだ文章から直ぐに影響を受けて仕舞う。そして、私の机の上には、「文豪ストレイドッグス」の最新巻。数冊の岩波文庫、緑帯。此れ以上は何も云うまい。

 三渓園神奈川近代文学館、人形の家、マリンタワー、赤レンガ倉庫、コスモワールド、と順調にカネを落としつつ、一日でコンプリート。駅や山下公園などで華やかな装いの紳士淑女を眺め、雨に降られてからは、コートの襟を立て、ストールを傘代わりに、洒落たカフェやバーの合間の薄暗い路地を濡れ鼠の迷い犬の如く歩いたのは最早善き思い出。

 これが横浜の観光スポットデビューかと思うと少々残念な気がしないでも無いが、此れもまた一興か。

 実際斯様な機会でも無いと、人形の家なぞ行かぬ。だが、行ってみれば大いに興味深い、日本全国全世界津々浦々の人形を目にするのは滅多に出来ぬこと。地元の観光地や博物館などとサブカルチャーとのコラボレーションは今後も是非続けて行って欲しい。思わぬ出会いがあり、新たな発見がある。

 

 ――この書き方、やっぱり難しい!朝霧カフカ先生すごいや!

 文体と言えば、神奈川近代文学館でちょうどやっていた「安岡章太郎展――〈私〉から〈歴史〉へ」で、新聞の切り抜きがあって、安岡氏が「最近の文学は堕落している文体が無いみんなちょっと気軽に書いてやしないかね」と激おこプンプン丸で苦言を呈されていた。最近、といっても軽く20年くらい前だったと思うが。とにかく、その新聞記事で私が一番ハッとしたのは、「文体が無い」という一点で、もう正に私に言っているのだと本気で思った。全く作品を知らないけど。幼少の頃より、作文、小論文など人並みに文章を書く機会はあったが、全ては借り物だった、気がする。無論、ほとんどの文章は、既存の言葉の組み合わせなのだが、行間から、言葉の間から、滲み出る固有の何かが、私の文章には、無い。何故だろう、とその理由も記事にあった。「自分の内面を深く深く掘り下げないから」更に付け足すなら、他人に――否、親しい人々に自分の内面を見せたくないから。このあたりの話は、また、いずれ。覚えていたら。

 

 途中、だいぶ脱線したが。当ブログではこんな感じで、雑多なことを書き付けていく所存です。宜しくお願い致します。