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ドン・キホーテ・デル・オリエンテ

いろんな意味でテストちう。

煤けた煉瓦は大正浪漫の夢を見たか

博物館・美術館

11.4.Fri. 「動き出す!絵画 ペール北山の夢――モネ・ゴッホピカソらと大正の若き洋画家たち――」@東京ステーションギャラリー

 

 日本の美術、特に絵画に於いて、明治から大正にかけては特異な時期だった。ヨーロッパで段階を踏んで生まれてきた様々な傾向・様式――印象派、ポスト印象派フォーヴィスムキュビスムなどなど――がほぼ同時期に、一気に流入したのだ。更に、当然のことながら、明治までの日本画家の伝統が完全に途絶えた訳でもない。結果として、日本の洋画は、独特で不思議な混淆を見ることになる。

 

 ――というような知識を欠落したまま行ってまいりました、東京ステーションギャラリー

 いやー、面白かった!本展覧会タイトルの「動き出す!絵画」要素が最後の最後で申し訳程度に出てきただけだったのが気にならないくらい!(尤も、日本最古級のアニメーション・フイルムを3本も見られたという点では確かに特筆すべきことでしたが)

 

 北山清太郎という希代のプロデューサーが駆け抜けた足跡を、雑誌(『現代の洋画』『現代の美術』など)や彼自身や同時代作家の作品などを通じて辿る、という本展。とにかく多彩で精力的な人だと、圧倒された。最初に書いた通り、日本美術に関する知識が全くないので、その本当の凄さが分からず残念である。中学生以来、何故か洋画に対して苦手意識があったのだけど、これを機に見直してみようと思う。多分、だけど知識不足からくる苦手意識だと思うので。

 今回、良いなあと思ったのは、椿貞雄「道」(光の加減が好き)、中村彝(つね)「カルピスの包み紙のある静物」(往時を偲ばせる)。……あとは、ああ、タイトルを控えるのを忘れた、確か、有島生馬「背筋の女」が見返り美人っぽくて素敵だった。

 

 アニメーションは、幸内純一「なまくら刀」、北山清太郎「浦島太郎」、山本早苗「兎と亀」。

 画面の構成は至ってシンプルで、背景として、街の様子なり竜宮城なり山なりがアッサリとした線で過不足なく描かれている。当然モノクロ、音声無し。登場人物の動きはユーモラスで、良く動く。特に、「兎と亀」の兎と亀の、相手を馬鹿にしたような小躍りは、本当に小憎たらしい。カラスの鳴き声「アホー」が文字で兎の口に入っていく演出は意外性があり、音声無しという制約があったからこそ考え付いたものなのかなあ、と感心した。いずれの作品も、作者の遊び心を感じられて楽しかった。

 

 展覧会に行く度に思うのは、美術・或は芸術とは、感性と知識の両方を持ち合わせている必要がある、ということ。

 感性無き知識は唯の情報に過ぎず、知識無き感性は作品や作者との対話が出来ない。

 極偏った範疇の、それも生半可な知識しか持たない私は、「なんだかよく分からないな」と思いつつ、でも美しいものが好きでついついいろんな美術館に足を運ぶ。――或は、もしかしたら、その「なんだか分からない」ものに惹かれているのかもしれない。